Chisachi Blog

カイエ、もしくはスクラップ・ブック

風沢そらと 姫里マリアが 恋をする理由「妖精対風沢そら」

*この物語はアイカツ!第68話「花咲くオーロラプリンセス」のプロットを元にした二次創作小説です。
是非エピソードをご覧になった後お読みください。

人物紹介

グリーン・グラス
ブランド「オーロラファンタジー」デザイナーを務める柊リサ、柊エレナの双子姉妹。
元絵本作家であり、オーロラファンタジーのドレスも絵本から出てきた妖精のような世界観である。
極度の人見知り、筆不精。

風沢そら
ドリームアカデミーに通うアイドル兼ブランド「ボヘミアンスカイ」デザイナー。
セクシータイプ。自由な生き方に憧れている。

姫里マリア
ドリームアカデミーに通うアイドル。キュートタイプ。
高原で育ったお嬢様でおもてなしの心を大切にしている。

■風沢そら

 デイジーが手の中で静かに香っている。
 少し前までお弁当屋さんの隅に咲いていた花はあたたかい想いに包まれている。
 わたしはそれが消えてしまわないようにと怯えながら指先の神経を意識する。
 わたしは大切なものを届けなくてはならない。

 今日、マリアの手に触れたのは二度目だった。
 朝にガーデンでネイルを塗ってもらった時とついさっき、デイジーを受けとった時。

 わたしの手と違ってマリアの手は柔らかくて、握ると崩れてしまいそう。
 崩れるのが怖くて手を握り合ったりしない。
 それは多分どこかでマリアもそう思っている。
 手を握ること自体には意味があり過ぎる。
 それはわたしたちにとっては束縛に近い行為。
 そしてその先も。

 …だからわたしとマリアの間にはいつも何か別の意味が介在している。
 たとえばネイルの手入れであったり、デイジーの花であったり、そういう具合に。

 ドリームアカデミーは海に面した開放的で都会的なところにある。いちごちゃん達のスターライト学園が森のなかの由緒あるお嬢様学校なのと比べれば対照的。最新のテクノロジーによって支えられた設備は学び舎として最高に近い環境だと思う。設立されて日は浅いけれどアイドルコース、プロデューサーコース、デザイナーコースそれぞれ実績を出し始めている…って言ってもいいはず。わたしがボヘミアンスカイというブランドを立ち上げたのも夢咲ティアラ学園長の強い後押しがあったからだし、決してわたしひとりの成果じゃない。きいがセイラのプロデューサーもしていることや、セイラがロックなアイドルとして注目されているのもドリームアカデミーの特色を生かしたもの、もうひとつのアイドル活動。そしてマリア。セイラときいがデビューする前は、わたしとマリアだけで一緒にアイカツすることが多かった。わたしとマリアはドリームアカデミーが急躍進する一連のキャンペーンの、最初の中心的存在だった。つまりは看板アイドル。

 ドリームアカデミーには他にも魅力的なアイドルが多く在籍していたけれど、わたしがそういう役割を貰ったのはたまたまだったと思う。わたしは手先はともかく立ち振る舞いについては器用な方ではないし、なるべく自由にありたいと思ってる。周りの人はわたしについて個性的な印象を持ってくれているみたいだけど、わたし自身のことはよくわからなくて、いつも決定的な言葉をくれるのはティアラ学園長だった。神崎美月さんがドリームアカデミーのアドバイザーをしてくれていた時も、わたしを方向付けてくれるのはティアラ学園長だったと思う。わたしはいつも迷うけれど、少しあとでやっぱり光栄だなって感じることが多かった。

 マリアと最初に会ったとき、わたしはどうしてこの子がドリームアカデミーにいるんだろうって不思議だった。マリアはお嬢様系アイドルとしてはほとんど完璧で、どちらかというとスターライト学園にいそうなタイプだと思った。あとでわかったことだけれど、高原で育ったマリアは意外に体力もあって、スターライトの試験がとても難しいと言われていても、受けて落ちるような子じゃない。わたしは姫里マリアっていう子が、もしかしたらわたしと似ているのかと思っていろいろ聞いてみた。そしてわかったのは、マリアは試験を受けてアイドルになったわけではないってこと、ティアラ学園長が山でスカウトしてきた子だってことだった。マリアは面白そうと言ってそのスカウトを受けたみたい。わたしは、わたしの誤魔化してきた何かを刺激されるような気がした。ティアラ学園長はいつも突飛なことを言う。でもそう聞こえるほどには思いつきで言ってるわけじゃないってことも知ってる。そして、わたしを後押しするティアラ学園長の言葉と、マリアをスカウトした言葉は少し違うものだっていうことも、なんとなくわかるんだ。マリアはあまり迷っていないみたい。マリアは目の前にあるもの、身の周りにあるものをちゃんと受け入れることができる子だし、その上で自分らしさも持っている。わたしとマリアは似てなんていなかった。

 マリアはわたしのことをどう思っていたのだろう。
 マリアの周りにはいろんなものが集まってくる。
 わたしもそのひとつだったのかも知れない。

 わたしは、かわいい子だなって思った。手を伸ばせば触れられるというこの距離にかわいい子が来たなと思った。そしてわたしがヘアアレンジやコーディネートすれば絶対にもっとかわいくなる。でも同時に、マリアはわたしの意図を完璧に読み取ってしまうんじゃないかって思った。わたし自身もまだ言葉にできていない些細な感情まで…。

 わたしは誰かに魔法をかけたいと思ってる。魔法っていうのはどこか謎めいた部分がなくてはダメなのに、きっとマリアには筒抜けになってしまう。そんな気がした。だからわたしはマリアにだけはあまりクルクルキャワワってすることができなかった。わたしたちがお互いを知りすぎるのはよくない。ドリームアカデミーの真の看板アイドルを傷つけてはいけない。

 どちらかというとマリアの方から声をかけてくれることが多かった。ずっと山で育ってきたマリアにとって、都会的な暮らしはわからないことだらけだったみたい。わたしも都会っ子というわけではないけれど、世界のいろんな国を巡ってきたからか、それなりに勘が働く。オフの日はふたりで出かけることもあった。マリアはコスメに興味を持ったみたいで、よくそういうお店に行った。高原を裸足で駆けるような一面もあれば、コスメに凝るような一面もあって、マリアは面白い。わたしはよく他の生徒のスタイリングについて相談を受けることがあるけれど、マリアはそういうことを言ってこない。むしろ、わたしがコスメのことをマリアに聞いたりするし、そういう時マリアはすごく嬉しそうな顔をする。マリアは、わたしの爪を塗ってくれる。ネイルは定期的なメンテナンスが必要で、マリアはいつも適切なタイミングでわたしの爪を綺麗にしてくれた。
 セイラときいがデビューして、ドリームアカデミーもようやく軌道に乗ったあたりから、わたしはマリアと一緒の現場が少なくなった。セイラやスターライト学園のいちごちゃんたちと過ごすことが多くなった。あれもティアラ学園長の采配だったのかな。

 今日、久しぶりにマリアと会った。そして爪を塗ってもらうのも久しぶりだった。

 マリアといちごちゃんはちょっと似ている。
 マリアはデイジーの花を届けてほしいと言った。
 マリアのドレスを製作しているオーロラファンタジーのデザイナー、グリーン・グラスさんに、デイジーのイメージを届けてほしいと言った。

 そしてマリアからデイジーを受け取ったとき、 今日、マリアの手に触れたのは二度目だな、と思った。

 いちごちゃん家の前で姫里の所有するヘリコプター、プリンセス・ワンに乗って屋敷へ帰るマリアたちを見送ると、そのすぐあとに別のヘリコプターがわたしを迎えに来た。プリンセス・ツーに乗ってオーロラファンタジーのトップデザイナーのところへ向かう間、わたしはずっと空を見ていた。デイジーが手の中で静かに香っている。少し前までお弁当屋さんの隅に咲いていた花はあたたかい想いに包まれている。わたしはそれが消えてしまわないようにと怯えながら指先の神経を意識する。

 わたしは大切なものを届けなくてはならない。
 マリアのイメージが託されたデイジーを、トップデザイナーの下に届けなくてはならない。

 ガラス張りのお城が見えた。まさに水晶宮だった。中は温室になっていて大きな木や花が植えられている。誰もが憧れるような、幻想的な建物。こんなところに住んでるのはきっと人間じゃない。そう思った。デザイナーたちはみんな変なところに住んでいる。ドレスのインスピレーションを得られるような、俗世間から離れたところ。空の旅が終わった。わたしはデイジーを鞄の中にそっと入れた。降りる時にローターの風で飛ばされてしまう気がしたから。

 屋敷に鍵はかかっていなかった。声をかけても反応がなかったのでそのまま入ることにした。もしトップデザイナーしかいないのなら、この建物は広すぎる。アシスタントや家政婦もいないなんて。ヘリコプターに驚いて隠れてしまったような、不穏な静けさが漂っていた。さっきまで誰かがいたような気配がそこら中にあるのに、誰も見えない。
 生い茂った植物の間をかきわけるように進んでいく。
 温室の中にはいくつものトルソーに制作中のドレスがかかっている。
 珍しい草木とトルソーが区別されていない。
 ここではわたしたちのカタチが―コルプスが―わからなくなる。確信が持てなくなる。

 季節も、昼夜の時間感覚も、この温室の中ではよくわからない。生暖かい一体感がわたしの周りを取り巻いている。
しばらく歩いても人の姿が見当たらない。わたしは本当に妖精の国へきてしまったのかと思った。ふと、ボヘミアンの人たちもここを探していたのかなって考えが過ぎった。どこでもないどこか。クスリで消えてしまわない土。

 まさか…。

なんだか調子が変かな。いつものわたしと少し違う。何か戸惑っている?何に?わたしはマリアのイメージを伝えにきた。それだけ。

「こんにちは。風沢そらさん」
「こんにちは。風沢そらさん」

 変なかたちの植物の向こうから突然、ユニゾンした声が聞こえた。あたしはそのことに少し驚いて、少し驚いたことにまた驚いた。わたしはその声の主に会いに来たのだから。わたしはなにをしているんだろう。この空間ではいまいち気配を察知しづらい。ただそれだけのはず。
「ボヘミアンスカイのデザイナーが、私たちになんの用かしら」
「ドリームアカデミーのトップアイドルが、私たちになんの用かしら」

 オーロラファンタジーのトップデザイナーであるグリーン・グラスは双子の姉妹だ。まったく同じ顔、同じ佇まい。わたしの認識の方がおかしくなってしまったのかと思うほど、その存在感は異様だった。
 グリーン・グラス―柊リサ、柊エレナの姉妹はその姿を重ねたり、また別れたりしながらわたしに近づいてくる。
 アイカツシステムを使わずに、本当の分身をやってのける。まるで、見せつけるように。

「デザイナー会議以来でしょうか、グリーン・グラスさん。まだわたしのブランドは立ち上げ前でしたがご挨拶いたしました」
「えぇ、もちろん覚えているわ。私たちがこの水晶宮から出た、数少ない外出の機会でしたもの」

 アイカツ界のデザイナーはひきこもりな人も多い。

「それにしても、本当に空からやってくるのね。ヘリコプターの音が聞こえたとき、もしかしたらって思ったのよ」

 もしかしたらって、どういう意味なんだろう。
 わたしにとって空はとても大切な言葉。わたしの名前でもあるし、ブランドの名前でもある。でもわたしは空に憧れているのであって、空にいるわけじゃない。そう、わたしはわたしのいるところを言葉にしていない。

 突然の訪問に気を悪くしてしまったかも、って思っていたけれど、グリーン・グラスというデザイナーはわたしをちゃんともてなしてくれた。

「作業の邪魔をしてしまったかもしれません」
「いいえ、そんなことないわ。それに、よく誤解されるのだけれど、私たちは人と会うことを避けているわけではないわ」
「そう。誰かの訪問はとても嬉しいことなの。ただ、場所にこだわっていないだけ」
「場所にこだわっていない?」

 よくわからないけれど、そこには明らかに自由という言葉が意識されてる。空間に対しての自由。

「私たちにとって誰かと会うということは、同じ場所にいる、ということではないの」
「波長が合うということなのよ。同じ場所にいても波長が合わなければ、それは会っていないのと同じ。波長が合えば、場所は関係ないわ」

 ”会う”と”合う”がどっちなのか混乱してくる。

「気持ちが大事ということでしょうか」
「そういうふうに言うこともできるわ」
「ねぇ、風沢そらさん」「風沢そらさん」
「妖精の国はどこにあるかご存知?」
「さぁ、妖精といえばケルト地方や北欧が思い浮かびますけど」

 オーロラファンタジーは妖精や花をモチーフにしたブランド。多分だけど、グリーン・グラスというデザイナーはデザイナーなりに、わたしにコミュニケーションをとろうとしてる。わたしのボヘミアンスカイに対してオーロラファンタジーがどういうブランドなのかって話をしようとしてるんだと思う。
 双子のデザイナーは少し表情を緩め、卓上の花に少し触れた。

「ケルトの妖精が住むのは、例えばトゥアハ・デ・ダナーンの移住した常若の国(ティル・ナ・ノーグ)などね」
「楽しき都(マグ・メル)、至福の島(イ・ラプセル)、波の下の国(ティル・フォ・スイン)…」
「山にも川にも海にも、家の中にだって、妖精は住んでるのよ」
「どこにでもいるということですか」
「そうね。そういうふうに言うこともできるわ。妖精の国、中つ国は現実の世界と常に重ねあわせられる状態でそこにあるの」
「時間の積もっているところ、かもしれないわ」

 世界にはいろんな異界観がある。少しづつ重なっているかも知れないけどきっと黄泉の国や天国とも違って、妖精の国は妖精の国としか呼べないようなあり方で成立してる。楽園、桃源郷、アアル、アルカディア、アガルタ…そういういろんな異界と、わたしの思う「自由な空」はどのように重なっているんだろう。

「つまり、グリーン・グラスさんは妖精の国にもアクセスできるから、現実世界の場所にはそれほどこだわらない、ということでしょうか」
「そういうことにしているの。私たちは妖精だってことにね」

 デザイナーにとって世界観を作りこんでインスピレーションを得ていくっていう工程はとても重要なこと。双子のデザイナーも想像力の源泉を大事にしてる。そういうことだとわたしは思った。

「W.B.イェイツによれば、ケルトの妖精たちの生き方もさまざまだわ。群れをなすシーオーク、メロウ、一人で暮らしているレプラホーン、クルラホーン、ガンコナー、ファー・ジャルグ…まぁ、妖精という言葉で括るのちょっと無理があるような気もするけど」
「妖精は、なにをするんですか」
「なんでもするわ、喧嘩もするし、愛しあったりもする。ただそこにいるだけのもいるし、悪さをするものも多い」

 なんだかすべての回答がはっきりしない。全然腑に落ちない。

「今とか、こことか、そういうものからときどきはずれたりして、みんなを驚かせるの」
「例えば、突然プレミアムドレスをプレゼントしたりね」

 そうだ。わたしはマリアのイメージを届けたくてここに来たんだ。

「そのマリアの新作プレミアムドレスのことで伺ったんです」
「そう、ちょうど今仕上げの段階にはいったところよ」
「星座プレミアムドレスの仕様になにか変更があるのかしら」
「いえ、そうじゃないんです。マリアが来れないので、その代わりにわたしが伺いました」
「フィッティングのことならば心配いらないと思うわ。結局今日までマリアさんと直にお会いすることはできなかったけれど、データは間違いなく調整してるから」

 変な話だけれど、グリーン・グラスというデザイナーはまだ会ってもいないマリアに星座プレミアムドレスを託そうとしてる。変人ばかりのアイカツ界デザイナーの中でも彼女たちは際立って特異な存在だって思う。

「でも、少し意外だったわ、風沢そらさん。あなたが来てくださるなんて」
「冴草きいさん?でしたっけ。彼女のときはこんなことしなかったでしょう?風沢そらさん」

 きいがプレミアムドレスを頼みに行ったときのことかな。
 この水晶宮にひきこもっている割に、グリーン・グラスというデザイナーは細かい事情を知っているみたい。

「マジカルトイのマルセルさんも、デザイナー会議のときにご挨拶しました。きいのマジカルトイに対する情熱も知っています。あの2人なら心配はないと感じていましたし、最終的にプレミアムドレスを託すかどうかはデザイナーとアイドルの間の関係で決めるべきだと思っているからです。わたしが何か言うことではないかなって」

 アイドルがデザイナーへアピールしプレミアムドレスを授かる。アイカツ界の常識みたいなことを今更言ってる自分がなんだかおかしい。グリーン・グラスというデザイナーは互いに少し笑みを浮かべながら質問を続ける。

「ではどうして、姫里マリアさんの場合はあなたが出てくるのかしら」
「マリアがグリーン・グラスさんに届けたいイメージがあるというのでそれを伝えにきました。マリアは屋敷でライブする予定があって、もうステージ入りしているのでここには来れなかった。だからその代わりに、ちょうど手のあいていたわたしが来たんです」

「あらあら」「あらあら」
煽っているのか、単にリズムを取ろうとしているのか、双子は互いの顔を覗きながら笑った。

「やっぱり、できることならマリアが直接来るべきだった。マリアもそう思っています」
「マリアさんが来れないことは別に問題ではないわ、わたしたちはそういったことは気にしない」
「それよりも今は風沢そらさん、あなたに興味があるのよ」
「わたしに?」
「そう」「そうなの」
「わたしはただ…」
「時間があった…それだけなら、他に時間のある人は沢山いたでしょう?」
「ドリーム・アカデミーにも、スターライト学園にもね」
「でもあなたはひとりでここへやってきた」
「まるで他の人には譲りたくなかったみたい」

 わたしに言わせたいことがあるっていう聞き方。

「時間があっただけではなく、ちょうどマリアの近くにいたから。わたしならデザインの細かいことだって伝えられるし、ひとりで十分だった。ということまで言えばいいですか」

 グリーン・グラスというデザイナーは人見知りで、会うときはひとりで尋ねなければならない、というのもデザイナー界ではよく知られたことだった。それなのになぜひとりできたのか聞くなんて。

「まぁ、そうね」「近くにいたから」「ちょうど、ね」「いいわ」
「ごめんなさい、ちょっとからかってみたかっただけなの。気を悪くしないでね」

「マリアさんが私たちに伝えたいイメージって、そうね、例えばデイジーとかかしら」

 はっとした。
 まだわたしは何も言っていないはずだった。デイジーはまだ鞄の中にある。

「どうしてそれを?」

「やっぱりそうだったのね」「別に知っていたわけじゃないわ、わかったのよ」
「わかった?」
「そう、あなたがマリアさんのイメージを伝えにきたと聞いたついさっきね。だとすればデイジーだろうって」
「たしかに、マリアはデイジーみたいな女の子だけど」
「私たちは妖精だから、そういうことは言葉を超えてわかるのよ、なんてね」
「でもきっと、マリアさんもどうしてデイジーのイメージが浮かんだのか、自分でも気づいてないでしょうね」
「妖精…」

 なんとなくわかってしまうなんて、わかり合えてしまうなんて。そんなことがあり得るなら、それは魔法って呼ぶしかない。そんな気がする。

 わたしはいちごちゃんの家から運んできたデイジーをグリーン・グラスというデザイナーへ渡した。
双子はやっぱりという顔をして興味深くその花を眺めていた。

「ふふふ」「うふふ」
「デイジーの花言葉は純潔、無意識、無垢…これもマリアさんにぴったりね、でも花言葉も所詮は言葉だわ」
「それだけでデイジーだとわかったわけじゃないの。言うならばオーロラファンタジーの想像力ね」
「やはりマリアさんはオーロラファンタジーのミューズに相応しいわ」
「もちろん、さくらも私たちの世界観をよく理解してくれている。でも今回はエモーションが重要な要素ね」
「恋みたいな気持ち、かしら」

少し間を置いた後、双子はドレスのひとつに目を映し、その最終確認の作業に入った。

「エネルギーに溢れながら、どこか儚い、そして誰かの幸せを願っている…そんな咲き方だわ」
「デイジーのイメージ、たしかに受け取ったわ。まったく予想外というわけでもないけれど、画竜点睛というやつね」

「あなたは、私たちに聞きにきたんでしょう?どうしてまだ会ってもいない姫里マリアさんに星座プレミアムドレスを託すのか」

 わたしはマリアに頼まれて、デイジーのイメージを届けにきた。でも双子のデザイナーが言うように、プレミアムドレスを託すってことはどういうことなのか、聞きたかったんだと思う。わたしは自分でデザインしたドレスを自分で着るから、人に託すってことがよくわからない。見知った仲でも容易く渡せるものじゃないのに、グリーン・グラスというデザイナーとマリアの間にはどういう信頼関係があるのか、知りたかった。でもわからなかった。グリーン・グラスというデザイナーはもうその問いについて答えてるんだ。オーロラファンタジーの想像力。妖精の運んできたもの。わたしにはわからない回路、わたしの踏み込めないところがあるんだってこと。
 どうしてマリアはわたしと違うんだろうって思っていた。でもそれは、同じだったらいいなっていうのの裏返し。そして、結局違うものは違うってわかっただけなのに、こんな気持になるなんて。

「マリアさんのことが大切なのね」
「ひとつ、聞いてもいいかしら」
「あなたのブランド、ボヘミアンスカイを着せたいとは思わないの」

 考えなくてもわかる。マリアにボヘミアンスカイは似合わない。
 似合うわけがない。

「マリアさんのことが好き?」
「もちろん、好きです。でもそれは」
「アイドルにLikeは必要ないわ。そうでしょう?」「そうでしょう?」
「ずるい…」思わず口走ってしまった。

 わたしはデザイナーでもあるし、アイドルもやっている。
 グリーン・グラスという双子は絵本作家でもあるし、デザイナーもやっている。
 わたしの身体はひとつなのに、引き裂かれているのはわたしの方だ。

「マリアさんは待っているわ。でも、あなたは待っているだけのマリアさんに苛立つことはないのかしら」

 マリアが待っているのはオーロラファンタジーのプレミアムドレスで、ステージの準備っていう必要なことをしてる。苛立つことなんてない。

トルソーにかけられたドレスが例の装置によってデータ化され、アイカツカードにその姿を変えていく。

「できたわ、牡羊座の星座プレミアムドレス、チロリアンアリエスコーデ」

 あれだけケルトの妖精の話をしていたそばで、双子のデザイナーが作っていたのはチロリアンなドレスだった。最初にケルトって言葉を口にしたのはわたしの方だったのだけど、わたしは自分がずれた話をしていたんだって気分になった。ケルトとチロルくらい、なにかがずれているんだって感覚があった。目の前のカードをよく見てみる。マリアにぴったりな、牧歌的で、開放的な、かわいい、ドレス。

「私たちって筆不精だけど、はじめましての挨拶くらい添えるべきよね」
「手紙と一緒にこのアイカツカードを届けてくださるかしら、風沢そらさん」
「はい、必ず届けます」

「そらさん」

グリーン・グラスというデザイナーは、初めてわたしを下の名前だけで呼んだ。

「デイジーの花言葉、もうひとつあったわ。花言葉って結構適当なの」
「なんでしょう」

「”あなたと同じ気持ちです”よ」

 グリーン・グラスはそう言いながら、わたしを抱きしめた。
 どういう意味だったんだろう。双子姉妹はわたしを哀れんだのかな。

 言葉を超えて分かり合える妖精たちの世界があって、わたしはそこにアクセスすることができない。

 妖精の羽根を持ってないと本当には自由になれないのかも知れない。そう思った。
 すぐ近くでヘリコプターのローターの音が聞こえる。プリンセス・ツーがもう一度飛ぼうとしている。
 こんなものは羽根ですらない。人間が空を飛ぼうとして、金属で作った歪なハリボテ。
 それでもわたしは大切なものを届けなくてはいけない。マリアが待っているところへ。

 不完全な羽根で赴くんだ。

■姫里マリア

 私は、そらを待ってる。
 デイジーのイメージはちゃんと伝わったかな。
 どうして私はデイジーを思い浮かべたんだろう。
 私がイメージを伝えたかったのはグリーン・グラスさんだったのかな。

 ううん、多分だけど、グリーン・グラスさんは伝える前にいろいろわかってるんだと思う。

 私は、今日の歌のためにデイジーのイメージが必要だったの。
 グリーン・グラスさんも私の歌う歌について考えてくれてるはず。
 私が本当に伝えたかったもの。それは歌。

 オーロラプリンセスっていう歌。
 本当は私の方が駆けつけていきたい。私の方から迎えに行かなきゃいけない。
 空を見上げるプリンセス
 ふと、何か叫びたくなった。

「そらー、私、待ってるからねー」

 オーロラプリンセスの歌の中では「だいじょうぶお待たせ」と言って相手のところへ舞い降りるわたしがいるのに。まるで正反対の言葉が、稜線の向こうからこだましてきた。

  待ってるのに、待たせてる。

 ―――私は天の邪鬼だ。

■グリーン・グラス(一年後)

「あの時はそらさんに意地悪してしまったわね、リサ」
「ふふ、エレナ。だってそらさんは強い人だもの。あの若さでブランドを軌道に乗せてる」
「そう、若さ。私たちがそらさんに提示できるのは、彼女の若さくらいだってわかってたわ」
「私たちは元絵本作家でありデザイナー、そらさんはアイドルでありデザイナー。この違いがそのままオーロラファンタジーとボヘミアンスカイの違いに直結するのなら、ボヘミアンスカイはこれからもっともっと伸びていくはずだわ。そらさんは自分自身で背負っていく部分が大きすぎるけれど、それを決心したのは彼女自身なのだから」
「絵本作家―物語作家である私たちは自分自身で物語を切り開こうとしていくそらさんが羨ましかったのかも知れないわ」
「だから意地悪になってしまったのだわ」
「でも、意地悪してでも、マリアさんを意識して欲しかったの」
「そう、それも私たちの本心よ」
「恋みたいな気持ちを大切にしてほしい。それが私たち物語作家が出来うる、したたかな介入だわ」
「妖精の役割、と言ったほうがいいかしらね」
「重要なのは同じかどうかではないわ、必要かどうかよ」
「相手を家畜にしてしまうかもしれない、もしくは単なるお人形さんにしてしまうかもしれない、そういった恐れみたいなもの」
「自分を、相手を壊してしまう恐れみたいなもの」
「必要としていることは確かなのに、それが自分なのかどうなのかもわからなくなったとき、そんな狭間に妖精はいるわ」
「私たちはそらさんとマリアさんの間で役割を演じようとしたけれど、星宮いちごさんはもう少し別の位相でうまく妖精を演じたわね」
「やはり私たちは絵本作家であって、アイドルではない、アイドルには敵わないと思ったわ」
「大スターいちごまつり、星宮いちごさんのリラフェアリーコーデは是非オーロラファンタジーで作りたかったドレスだわ」
「フェアリーの名を冠するならばね」
「でも私たちは星宮いちごさんと天羽あすかさんの絆も知っているし、星宮いちごさんの物語を上書きするようなことは控えて正解だったのよ。いちごまつりでは”恋みたいな気持ち”を言葉にしてくれる花音さんという人もいたのだし」
「妖精が多重に作用してしまうことになるのね」
「そう、星宮いちごさんと、神崎美月さん、大空あかりさんはそれぞれ絆を大切にしながら、糸車の呪いを解こうとしている。そこにはもう私たちの入る隙間はないわ」
「アイドル兼デザイナーという肩書なら、神崎美月さんも、そうね。難しい生き方をしてる」

「ねぇ、リサ、私は時々考えるのよ、私たちが絵本作家、物語作家として書けるものってなんなんだろうって。例えば風沢そらさんの弱い内面を綴った文章を書いたとしても、なにか書き切れてないと思うとき、一体何なら書けることになるのかしら」
「単に書くだけならば何でも書けるわ。エレナが言いたいのは、何が託せるか、ということでしょう」
「そうかしらね」
「あなたがそう思ってることは私にもわかる。そして、あなたにわからないことは私にもわからないわ」
「妖精にも」
「妖精にもわからないの」
「例えば大きな災厄を経験した人、呪いの糸に絡め取られてしまった人たちが星宮いちごさんや風沢そらさんの姿を見て何を感じ取るかは、私たちにはわからないわ。私たちは、そういった読者や視聴者が時間に刻み込んだなにかが降り積もったところで、ただ戯れるだけなのよ」

(終)

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